
2011年02月08日
須磨の浦
貝の渚 第二話 須磨の浦 名和純
海が遠いあこがれだったころのこと。
父に連れられて電車を乗り継いで須磨の浦に行った。
拾った貝のぎっしり詰まったビニール袋の重みと濃密な海のにおいが小さなからだに刷り込まれた。
初めて手にしたサクラガイの紅い輝きとともに。
あれから、300くらいの渚を歩いた。
遠くへ、もっと遠くへと。
そうして、行き着いたベトナムの渚で不意に遠い記憶が呼び覚まされた。
濃密な海のにおいに触発されて。
大陸の巨大な内海に須磨の浦がだぶって視えた。
僕は呼び寄せられるように須磨の浦に回帰していった。
駅の改札を出るとそこには、懐かしい海があるはずだった。
だが、何だか様子が違う。
浜は、不自然に盛り上がって漂白されている。
場所を間違えたのだろうか。
「こんなんじゃなかったですよね。浜」
傍らにいつの間にか同年代くらいの女性がいて、話しかけてきた。
「たぶん砂を入れたんでしょう。人工ビーチにされたんですよ」
「え、もとの浜、埋めたんですか。昔の砂浜もうなくなったのね」
しばらく二人並んで海を見ていたが、僕が先に浜に下りた。
海のにおいがしない。
いつの間にかさっきの女性もすぐ横に来て貝を拾っている。
「小さな貝がたくさんある」とこちらに手を差し出す。
「これみんなここの貝ではなくて、この砂と一緒にどっかの深い海から持ってこられた貝ですよ」
「ここの海のじゃないんだ。死んだのね。海も、連れてこられた貝も」
「こんなになる前に来たことあるんですか、ここに」
「うーん、子供のころ、サクラガイ拾いに。もうないね。サクラガイ」
そういって彼女は波打ち際に座り込んだ。僕は汀線を歩き出した。
ツメタガイ、キサゴ、アケガイ、昔よりはるかに少ないけれど、
まだこの海に生きている貝が点々と打ち上げられている。
浜のいちばん端までたどり着いたときに、やっとサクラガイが見つかった。
あのひと帰ってしまわないだろうか。
遠くでまだ水平線を見つめ続けている彼女のもとに早足で向かう。
「サクラガイありましたよ」
手のひらに載せたサクラガイを差し出すと、彼女の瞳が大きく見開かれる。
「あげます。これ」
「ありがとう」
初めて彼女が笑う。
その瞳の輝きに動揺しながら、僕はきびすを返して駅に向かって歩き出す。
希望は必ず残されている。
それを見つけ出して誰かにそっと手渡すこと。
それが僕の貝拾いなのかもしれない。
最近そんなことを感じながら、あいかわらず貝を探して渚をさまよい続けている。

ーえころん通信 2009年12月号よりー
海が遠いあこがれだったころのこと。
父に連れられて電車を乗り継いで須磨の浦に行った。
拾った貝のぎっしり詰まったビニール袋の重みと濃密な海のにおいが小さなからだに刷り込まれた。
初めて手にしたサクラガイの紅い輝きとともに。
あれから、300くらいの渚を歩いた。
遠くへ、もっと遠くへと。
そうして、行き着いたベトナムの渚で不意に遠い記憶が呼び覚まされた。
濃密な海のにおいに触発されて。
大陸の巨大な内海に須磨の浦がだぶって視えた。
僕は呼び寄せられるように須磨の浦に回帰していった。
駅の改札を出るとそこには、懐かしい海があるはずだった。
だが、何だか様子が違う。
浜は、不自然に盛り上がって漂白されている。
場所を間違えたのだろうか。
「こんなんじゃなかったですよね。浜」
傍らにいつの間にか同年代くらいの女性がいて、話しかけてきた。
「たぶん砂を入れたんでしょう。人工ビーチにされたんですよ」
「え、もとの浜、埋めたんですか。昔の砂浜もうなくなったのね」
しばらく二人並んで海を見ていたが、僕が先に浜に下りた。
海のにおいがしない。
いつの間にかさっきの女性もすぐ横に来て貝を拾っている。
「小さな貝がたくさんある」とこちらに手を差し出す。
「これみんなここの貝ではなくて、この砂と一緒にどっかの深い海から持ってこられた貝ですよ」
「ここの海のじゃないんだ。死んだのね。海も、連れてこられた貝も」
「こんなになる前に来たことあるんですか、ここに」
「うーん、子供のころ、サクラガイ拾いに。もうないね。サクラガイ」
そういって彼女は波打ち際に座り込んだ。僕は汀線を歩き出した。
ツメタガイ、キサゴ、アケガイ、昔よりはるかに少ないけれど、
まだこの海に生きている貝が点々と打ち上げられている。
浜のいちばん端までたどり着いたときに、やっとサクラガイが見つかった。
あのひと帰ってしまわないだろうか。
遠くでまだ水平線を見つめ続けている彼女のもとに早足で向かう。
「サクラガイありましたよ」
手のひらに載せたサクラガイを差し出すと、彼女の瞳が大きく見開かれる。
「あげます。これ」
「ありがとう」
初めて彼女が笑う。
その瞳の輝きに動揺しながら、僕はきびすを返して駅に向かって歩き出す。
希望は必ず残されている。
それを見つけ出して誰かにそっと手渡すこと。
それが僕の貝拾いなのかもしれない。
最近そんなことを感じながら、あいかわらず貝を探して渚をさまよい続けている。

須磨の浦 従弟と 1983年1月2日
ーえころん通信 2009年12月号よりー
Posted by えころん at 20:14│Comments(0)