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2011年02月11日

二子の浜

貝の渚 第七話      二子の浜    名和純
     
紀伊半島の南端近くに鹿島(かしま)と呼ばれる聖地がある。
こんもりとした常緑の森に深く覆われた神の島だ。

その対岸の二子の浜に海の荒れた翌朝、見事な貝の帯が現れた。
そこに最初にやってきたのは、父親に連れられた9歳の少年だった。
少年が持ちきれないくらいの貝を袋に詰めこんで帰るのを、鹿島は対岸からずっと見ていた。

それから数年おきに少年は、二子の浜に貝を拾いにやってきた。
そのたびに、浜には貝の帯が用意されていた。
いつしか少年は青年になった。それを鹿島はずっと見ていた。

二子の浜で拾い続けた貝は、数千個になっていた。
そのすべてが博物館に登録されたり、子どもたちの手に渡っていった。

やがて、青年は中年にさしかかり、抜け殻のような身体を引きずって二子の浜にやってきた。
そこには、見事な貝の帯が用意されていた。

僕は、いつの間にか、持ちきれないくらいの貝を袋に詰めていた。
それを鹿島はずっと見ていた。

僕は少し元気になって沖縄に帰ってきた。
拾った貝は、あっという間に子どもたちの手の中に消えていった。


   貝の渚へ 
 
   胸の奥から不意に熱いものがこみ上げてきて
   口から海の匂いがあふれ出す
   潮が満ちてきているのだ

   それが沖へと干(ひ)きはじめると、ぼくは渚に引き寄せられていく
   埋立地のはざまにわずかに残された貝の渚に
   その汀(みぎわ)をキラキラ埋める貝の帯
   その光の中に身を投げ打って、すべての種類の貝を拾う

   それをひとつ残らず子どもたちに手渡したとき
   ぼくは海に返されるだろう
   だが、それはいつになるのかわからない

   貝を待つ子どもたちの手が次から次へと差し伸べられる
   その間は貝を拾い続けなければならないだろう
   口から海の匂いのあふれるうちは



二子の浜







二子の浜 
1980年頃









ーえころん通信 2010年6月号よりー



Posted by えころん at 19:21│Comments(0)
 
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